帝王切開
花谷 馨
(苫小牧市医師会・苫小牧市立病院)
花谷 馨
(苫小牧市医師会・苫小牧市立病院)
帝王切開という医学用語は、子供でも知っているありふれた言葉ですが、ローマ帝国のユリウス・カエサル(カイザー、又はシーザー)がこの方法で生まれたという伝説からきていると思っている人が多いようです。
しかし調べてみると、明治維新でドイツ医学がわが国の規範となり、いろんな医学用語が日本語に翻訳された時に、カイザーという言葉には、『分離する』という意味と、『皇帝』という2つの意味があり、誤って後者を選んでしまったようです。また、古代ローマでは妊婦を埋葬する時に胎児を切開して取り出すことを定めたカエサル法典があり、それに由来するとの説もあります。
ヨーロッパでは19世紀頃から、難産の時に帝王切開がおこなわれるようになりましたが、消毒などの滅菌法が発見されておらず、また麻酔も十分できないため、胎児は助かっても、母体は8~9割死亡するという悲惨なものでした。わが国では、まだ江戸時代の1852年に行なわれたという記録があります。
さて最近は帝王切開の頻度が年々増えてきて、2008年の統計では総出産数108万人のうち、18%にあたる約20万人が帝王切開で生まれています。これは20年前の約2倍にあたり、妊婦さんの5~6人に1人は帝王切開で分娩していることになります。また、ハイリスクの妊婦さんが多い当院のような周産期センターでは、その分帝王切開の頻度が増えて、25~30%になっています。諸外国ではイタリアやブラジルが50%以上で、中国でも一人っ子政策になってから、急速に帝王切開率が増えているとのことです。
帝王切開をおこなう理由としては、以前は分娩中に何らかの問題が発生して行なう緊急の帝王切開が多かったのですが、最近は骨盤位(逆子)や以前に帝王切開をしている理由でおこなう予定の帝王切開が多くなってきています。10年ほど前までは、まず経膣分娩を試して無理なら帝王切開に切り替えるという方針のところが多かったのですが、ごく稀に起こる母体や胎児の危険性を考慮して、あらかじめ帝王切開を選択するということが増えてきています。
最近は内視鏡のカメラを使った手術がどの科でも増えてきましたが、この帝王切開だけは、大きな胎児を取り出さなくては駄目なので、開腹手術としていつまでも残るでしょう。そしてこの誤訳された言葉も、永遠に残るのではないでしょうか。帝王が生まれるという方がなんとなくロマンティックですから。
2011年04月26日 苫小牧民報 掲載