新生児医療の発展-人工肺サーファクタント-
浅沼 秀臣
(苫小牧市医師会・苫小牧市立病院)
浅沼 秀臣
(苫小牧市医師会・苫小牧市立病院)
ここ20年で、新生児医療技術は大きく発展しました。ひとつの薬剤の登場が未熟児の救命率を急激に改善させました。「人工肺サーファクタント」という薬剤です。
ヒトの気管を奥へ奥へと進んでいくと最後に「肺胞」という部位に到達します。空気が「肺胞」まで到達しそこで、酸素と二酸化炭素を交換し、ヒトの呼吸が成立します。「肺胞」は顕微鏡でしか見ることのできないような小さな袋でそれらが葡萄の房状のものがたくさんあつまって肺を形作っています。充分に発達した肺ではその「肺胞」の小さな袋がつぶれてしまわない様に、石鹸水に似た成分の「肺サーファクタント」という物質が「肺胞」の中に産生されており、袋の内壁がお互いにくっつかないようになっています。一方、9ヶ月に達しない未熟児の肺ではこの「肺サーファクタント」の産生が不充分なため、「肺胞」の小さな袋の内壁がくっついてしまい、空気で満たすことができずに、呼吸困難に陥ってしまいます(新生児呼吸窮迫症候群といいます)。「人工肺サーファクタント」は未熟な肺に注入されることによって、「肺胞」をしっかりと袋状に維持し、酸素と二酸化炭素を交換することを可能にします。それまで、苦しそうにやっと呼吸運動していた赤ちゃんもこの薬剤を使用することにより、みるみるうちに呼吸状態が改善します。我々は「魔法の薬」とも呼んでいます。この薬剤がこの世に登場する以前は、9ヶ月に達しないような小さな赤ちゃんは、人工呼吸器を使っても救命ができないことも多かったのですが、約20年前にこの薬剤が登場してから、未熟児の救命率は段違いに改善しました。この薬剤を世界ではじめて実用化に成功したのは実は日本人だと言うことも特筆すべきことです。この薬剤は瞬く間に世界中に広がりたくさんの未熟児の命を救いました。今日、我々新生児科医は当たり前のようにこの薬剤を使っておりますが、使うたびにその効果に感動します。「人工肺サーファクタント」注入療法を契機として、新生児医療は急速に発展し、様々な医療機器、薬剤が登場しましたが、これほどインパクトのあるものは未だに登場していません。わが国の新生児死亡率は約20年前は出生1000に対し4人ほどだったのが現在では1.3人と約1/3となりました。この劇的な死亡率の改善に最も寄与したのが「人工肺サーファクタント」と言っても過言ではありません。
2009年03月24日 苫小牧民報 掲載